4.調べてみよう。
「…で。なんで、オレが呼ばれなけりゃならんのだ?」
ヴァシル・レドアがふてくされた声で呟いた。
昼寝していたところを無理に叩き起こされて呼び出されたため、不機嫌なのだ。
「いいじゃない、手伝ってよ。どうせ暇なんでしょう」
床に座り込んだヴァシルの前に古文書を積み上げながら、チャーリーは軽い調子で言った。
「暇は暇だけどよぉ…オレに魔法探す手伝いなんて出来るワケないとは思わんか?大体お前、オレのこと腕力バカって罵ってたじゃねぇかよ」
「それはそれ。今は猫の手でも借りたいぐらいに忙しいんだから文句は言ってらんないの。ヴァシル、字は読めるんでしょう?」
「そりゃ、字くらいはな…」
「だったら『肉体を若返らせる魔法』探せるでしょう。大丈夫、ヴァシルの前にあるのは古代文字で書かれた本じゃないから」
どれだけ苦情を並べても一向に気にする風もないチャーリーに、ヴァシルはタメ息をついて分厚い書物を手に取った。
こんな物、オレなんかが見たってどうなるものでもないってのに…。
心の中ではまだ文句を言い続けながら、それでもヴァシルはページをパラパラとめくり始めた。
…そして、五秒後。
「ダメだッ、見つかるワケねーだろ!」
一人で怒り出した。
「何ヒステリー起こしてんの。まだほんの少ししか経ってないじゃない、調べ出してから」
「それでもオレにはわかるんだ! 肉体を若返らせる魔法なんてあるワケねー! オレのカンに狂いはない!」
ついには他人に理解できない理論を持ち出してきたヴァシル。
まったくもって、病的に我慢の足りない男である。
「あ〜…同じ呼ぶならトーザにしときゃよかった。レイのお守りをヴァシルに任せればよかったんだ…」
今さらながら後悔してしまう。
トーザ…トーザ・ノヴァも、ヴァシルと同じく彼女の親友である。
現在、レイはトーザの家で遅目の昼食をとっているハズだ。
「だけどよ。お前、その魔法知らないんだろ? その…体を若返らせる魔法ってのを」
「うん。聞いたことも読んだこともない」
「そんで…お前のお師匠さんも知らないってんで、そのガキをお前んトコに押しつけたワケだよな」
「そう。困ったもんでしょ、私の先生は」
「…わかんねェんだよな、お前は世界第二の魔道士。そのお師匠さんは当然世界一の魔法のプロフェッショナル。その二人が、揃って聞いたこともない魔法なんて、この世にあるのか?」
ヴァシルに言われて、チャーリーもはたと気づいた。
今まで何の疑問も抱かずにそんな魔法があるのだという前提のもとで古文書を調べたりしていたが、そう冷静に言われてみれば、彼女が知らない魔法など−使えないという意味ではない−世界にあるワケがない。
さらに、彼女の師匠までまったくわからないなんていう魔法が存在するハズは…まったくない。
さっきヴァシルの言った通り、二人は世界に数多いる同業者たちの中でも群を抜いた凄腕の魔道士であり、魔法のプロである。
そんな二人さえ知らない魔法となると…?
しかし、だとすれば、これはどういうことになるだろう?
レイが嘘をついているのか、それとも本当にそんな魔法があるのか…。
しばらく考えたが、答えは出なかった。
「仕方ない。わからないコトは素直に聞こう。そうでもしなきゃ、私に思い当たることは一つもないんだから」
言い訳がましく小声で言うと、チャーリーは本の山の中から立ち上がった。
「レイとかいうガキに聞くんだな? オレも行くぜ。こんな本屋みたいな家にいたんじゃ息が詰まっちまう」
「本屋とはよく言ったもんだね。私の家にだって、本が無意味にあるワケじゃないんだから」
「意味があるのか? どんな?」
「生活に困ったときにまとめて売り払うの。結構、貴重な本もあるからね」
「知らない魔法を調べたりするんじゃないのかよ?」
「私に知らない魔法はないの。今思い出したんだけど」
サラリと言ってのける。
ついさっきまでは魔法が見つからないのは自分のせいかも知れないと弱気だったのが、えらい変わりようだ。
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