番外編1−8

       

 

8.戴冠式

「お前も上手くやったよなァ…」

 ヴァシルの言葉に、チャーリーが振り向く。

「何が?」
「商売さ。レイ王子から魂を身体に戻した報酬受け取って、さらにそのうえメフィル王子に戴冠式のガード代まで貰うなんて、まったくしっかりしてるよ」
「そんな言い方されたら、私がものすごく金に汚い人間みたいに思われるじゃない」
「違うのか?」
「お金があるところからはいくらふんだくったって構わないのよ。ましてや相手は王子様なんだから、取れるだけ取っとかなきゃ。こんなチャンス滅多にあるもんじゃないんだから」

 一応、彼女の理論には筋が通っている。
 いや、通っているように聞こえる。

「もうすぐ始まるでござるよ」

 トーザがやって来た。
 式が始まるまで兵士詰所で待機しているように言い付けられ、申し付けの通り大人しくしていたのだ。

「それじゃ、行こうか」

 チャーリーはいつもの黒いマントを脱ぎ捨てて純白に銀糸の縁取りをしたマントに着替えた。
 彼女は儀式に参列するので、それに相応しい格好に衣装替えしたのである。
 あまり粗末な服を着ていてはかえって目立ってしまうからだ。

「怪しい人間はオレたちで極力チェックしとくけど、王子たちに危険が迫ったらちゃんとやってくれよ」
「もちろん。けど、敵は魔道士かもしれないからね。遠くの方も気を付けててよ」
「目に見える範囲にいるんだったら大丈夫だろうよ」

 ヴァシルとトーザは一足先に詰所を出て行った。
 彼ら二人は列の外の群衆を見張る役だ。

 他にも数十人の兵士がいるが、三人組のせいでほとんど負傷しているからあまり役には立たないと考えておいた方が無難だ。

 それにしても…。

 まだ新品に近くいまいち馴染んでいないマントの裾を気にしながら、チャーリーは思った。

 今回はボロ儲けだな。
 レイ王子の件はあっと言う間に片付いたし、こっちの仕事も厄介なことはなさそうだ。
 大体、敵が彼女の先生か悪の大魔王でもない限りチャーリーが後れをとるような相手は世界にはいないのだから。

「さて、行くか!」

 一人で弾みをつけて、部屋から出る。

 結構な人出だった。
 お祭り騒ぎに乗じて幾つもの屋台が出、それ目当てに子供が集まり、子供について来た親もいるから大変な騒々しさだ。
 戴冠式というよりもただのフェスティバルになってしまった感があるが、人が大勢集まれば大体そんなものになるのは分かり切っている。

 人込みをかき分けながら、ヴァシルはタメ息をついた。

 この中から王子を殺そうとしてる奴を見つけるなんて、出来るもんだろうか…。
 そいつが『暗殺者』って札でも首からさげてるんだったら別だけど、一般人と変わらない格好で紛れ込んでるに違いないんだからな…。

 なんて真剣に悩んでいるようだが、その実屋台で買い込んだ焼きトウモロコシやらフランクフルトやらを持ち切れないくらい持っているのだから、本気で王子を助ける気があるのかどうかは怪しいものである。

「…あれ」

 突然背後で聞き慣れた声がしたので振り返ると、別方向を見回っているハズのトーザがいる。

「何やってんだ、こんなトコで!」
「いや、ちょっと道に…」
「道なんかねーじゃねぇか!」

 トーザは頭をかきながら歩いて行った。

 あの足取りではまた道に迷いそうな気もするが…そこまでは面倒見切れない。
 自分で何とかするだろう、アイツだって方向音痴の方ではないのだから。

 …待てよ。
 方向音痴でない人間がどうしてこんな所をうろついてたんだ?

 ヴァシルは焼きトウモロコシをかじりながら、ふと考え込んだ。

 道に迷ったんじゃないコトは確かだ。
 だったら…きっと足が勝手にこっちに向いた…ってトコだろう。
 何故足が勝手に動いたか。

 …殺気を感じたからに違いない。
 本人は気づいていないようだが、トーザは普通の人ならば到底感知することの出来ないようなわずかな殺気にも反応することが出来るのだ。
 それを考え合わせると…。

 そうだ。
 王子を殺そうとしてる奴がこの近くにいるんだ。

 ヴァシルは素早く周囲を見回した。
 見るからに怪しい人間はいない。
 しかし、ここで諦めてはいけない。
 精神を最大限に研ぎ澄まして、トーザが感じとった殺気を自分でも察知するのだ。
 格闘家としての自分のカンを信じるしかない。

 一方、トーザは人込みの中あちこちこづき回されながら頼りなくふらついていた。
 戦闘時以外は人一倍おっとりのんびりの平和的人間なので、子供に足を踏まれようが、オバさんにエルボーを食らわされようが一向に気にする気配もない。

 さっきはついついとんでもない所に行ってしまったでござるからな…今度はちゃんと決められた場所を見張らんと、他の二人に申し訳ないでござる。
 しかし、何故足があっちに向いたのか…。

 はたと立ち止まると、前方にやたらと険しい目つきでまわりを見回しているヴァシルの姿があった。

 いかんいかん、またここへ…。

 自分の間抜けさ加減に首を振りながら、ヴァシルに見つかって何か言われる前に引き返そうと歩きかけて、ピタッと立ち止まった。

「!」

 振り返る。
 そしてそれまでの彼からは想像も出来ないくらいの厳しい表情で群衆を睨みつけた。

 暗殺者がこの中にいる。
 間違いない。

 知らず知らずのうちにトーザはカタナに手をかけようとしていた。
 それから、思い直す。
 この混雑の中では刃物は扱えない。
 関係ない人まで傷つけてしまう危険性があるからだ。

 かくなるうえは、暗殺者を早めに見つけ出してヴァシルに教えるしかない。

 トーザはゆっくりと精神を集中し始めた…。

 う〜、肩が凝る。

 末席とは言えエライさん方の列の中に加えられて、チャーリーはガラにもなく緊張していた。

 いくらマントだけ新しい物に変えても、下に着ているのはいつもの薄汚れた行動着だ。
 衆人環視のこの場では少しツライものがある。

 まァ、これも騒ぎが起こるまでの辛抱だ。

 『犯人』が王子暗殺を実行に移せば、格好なんかにはかまけていられなくなるのだから。

 それにしても、退屈…。

 司祭風のおじいちゃんが一段高い壇上にいて、無意味に長い呪文を延々と唱えている。
 古代言語の勉強をしたから意味はわかるが、面白くもなんともない叙事詩だ。
 モルガニー王家の歴史を誇大妄想的に修飾して一応それっぽく体裁を整えたもの。
 どこにでも、探せばある類いのもの…。

 チャーリーは何となく二人の王子の方を見た。
 今日の主役は王位を継ぐレイの方で、メフィルはあくまで控え目にそばに立っている。
 最初家に来たときにはなんてメチャクチャな人柄なんだろうと呆気にとられたものだが、こうして見てみるとあの性格が見事にハマッている。
 メフィルほどではないが評判も悪くはないし、何より決断力と指導力がある。
 いくらワガママでも独裁に走るようなタイプとはまた別だし、メフィルが自分を身代わりにしてまで助けようとしたのも、今ならわかる気がする。

 …などと、のんびり人物批評などしていたチャーリー、突然ただならぬ気配を感じ取って思わず姿勢を正した。

 敵意をもった人間が間近にいるのだ。
 今の今までそれに気づかなかったとは迂闊だった。
 しかし、ついさっきまでまったくそんな気配はなかったというのに…。
 相手は巧妙に殺気を隠して近づいて来たのだろうか?

 彼女は視線を巡らした。

 殺気の出所がわからない。
 このままでは先手をとられる可能性がある。

 …まったく、あの二人は何してたんだ?

 自分も気を緩めていたのを棚に上げ悪態をつく。

 そのときレイの生命を狙っていた人間はなんと三人もいた。

 少し高い場所からクロスボウの照準を合わせている者、かなり至近距離に迫って短刀を抜こうとしている者、そして相当離れた場所から呪文を食らわせようとしている魔道士。

 コイツらが何故レイの生命を狙うのか。
 これはこの国の厄介な伝説のせいであった。
 戴冠式の席上で新たに王位を継いだ王を殺せば、その者には莫大な富がもたらされるという…誰が言い出したのかわからんデマであるが、今問題なのはこれを言いふらした愚か者の名などではなく、三人がそれぞれそのデタラメを固く信じ込んでいるという事実である。

 とにかく、三人は三様の事情でそれぞれの幸せを掴むために伝説に頼るしかないのだ。
 三日間飲まず食わずの人間が押し入り強盗をするような心境ではあるが、犯す罪はスケールが違う。
 そうは言ってもここまで来たら踏みとどまることなど出来ない。
 実行あるのみ…だ。

 ヴァシルが一番に行動を開始した。
 いくら人が多いと言ったって、クロスボウなんて物を構えていたら目立つに決まっている。

 しかし、間に合うだろうか?
 奴はレイ王子が司祭のいる檀に上がる一瞬を狙って撃つつもりでいるのだろうか。
 だとしたらもう少し間があるのだが…。

 あれこれと頭の中で考えを巡らしながら走る。
 目はしっかりと暗殺者の姿だけを睨みつけて。
 ふと、奴がクロスボウを動かしたのが見えた。

 マズイ! もう撃つ気だ!
 なんとかしなけりゃ…。

 ヴァシルは少しだけ慌てた。
 無意識のうちに手で何かを掴んでいた。

 仕方ない、こうなったらイチかバチかだ!

 大きく振りかぶって、手にした物を力一杯投げる。

 それ…屋台に並べられていた一抱えもある巨大カボチャは、ものの見事にクロスボウ男の頭にヒットした。

「こりゃ…ヤバイかな?」

 打ち所が悪けりゃ死ぬかもしれん。

 ヴァシルは急いでまた走り出した。
 この若さで人殺しになる気はさらさらなかったからだ。

 やっと殺気の主を探り当てヴァシルに声をかけようとした瞬間、相手が見当違いの方向に駆け出したのでトーザはちょっとポカンとなった。
 が、こうなった以上は自分でなんとかするしかないと判断することはすぐにできた。

 彼は人と人の間を縫って全力で駆け出した。
 短刀を持った男はトーザにはまるで気づいていない。
 後ろから忍び寄って武器を取り上げるのには好都合だ。

 もう害はなさそうだ。

 何しろこの人出である。
 下手に抵抗されて暴れられたりすると、関係ない人の中から怪我人が出てしまう。
 それだけは避けたい。

 トーザは素早く、それでも慎重に、男との距離を詰めて行く。
 あとほんのわずかだ。
 もう少しで、男の手から刀をはたき落とせる位置に…。

 そのとき、不意に男が振り返った。
 目と目が合って、男はおびえたような表情を見せた。

 トーザは舌打ちすると、目にも止まらぬ速さでカタナを引き抜いた。
 細い刃は正確に人の間をすり抜け、男が手にした短刀だけを弾き飛ばした。
 金属音が響き渡り、短刀が地面に落ちたが、それに気づく者は誰もいなかった。

 騒動にならなくて良かった、とトーザは軽くタメ息をつく。
 短刀をあっけなく弾かれてしまった男は真っ青になって震えている。

 …アイツだ!

 チャーリーの目は呪文を唱えている魔道士の姿をまわりの景色から抜き取るようにとらえた。

 しかし…ここからじゃ遠すぎるな…。

 かと言って、今この場所から対抗して魔法をぶっ放すワケにはいかない。

 だったらどうする?
 王子のこんな近くにいて、その目の前で王子をむざむざ殺されたりしたら私の名に傷がつく。
 いい方法を考えないと…。

 目を転じると、レイが壇上に上がろうとしている。
 奴が魔法を放つのならば、レイの周囲から人が消えるこの瞬間だ。

 ヤバイな…ヤバイ。

 一瞬にして色々迷った末、チャーリーは神業とも呼べるスピードで席から飛び出した。
 真っ白いマントだけを残して。
 あまりの速さに、隣りに座っていた人間さえ彼女がいなくなったのに気づかなかったほどだ。

 突然目の前にチャーリーが飛び出して来たので、驚いた魔道士は思わず彼女目がけて魔法を放ってしまった。
 チャーリーは顔色一つ変えずにその魔法を片手で受け止める。
 手の平の中で、火炎は跡形もなく消え去った。

「魔法使って人殺してんじゃないよッ!」

 言いざま、反対側の手の平を魔道士に向けて突き出す。
 はたから見てもわからないだろうが、手の平からは衝撃波が放たれていて、それを正面から食らった魔道士はひとたまりもなく引っ繰り返ってしまった。

 倒れた魔道士の襟首を掴んで引っ張り立たせようとしたちょうどそのとき、チャーリーのマントがふわりと地面に落ちた。

 こうして、三人の暗殺者は三人の活躍によって凶行を未然に防がれ引っ捕らえられた。

 戴冠式が無事終了した後で、三人はそれぞれが捕まえた暗殺者をレイたちの前に連れて行き、事情を問い詰めた。

 三人とも王子を殺せば伝説の通りのことが起きると信じてやったと白状し、いずれもその日の生活にも困っていたらしいとすぐにわかった。
 レイたちも鬼ではないので、この三人をお咎めなしで釈放することにし、ついでに職の斡旋もしてやったのだった。
 三人は大変感謝しながら城を去って行った。

 チャーリーたちも莫大な金額の謝礼を現金で支払われ上機嫌で、帰路につくことにした。
 途中屋台に立ち寄って巨大カボチャの料金を払い、食堂で美味しい物をお腹に入れてから城下町を出る。

「いや〜、今回の仕事はラクだったなァ!」

「あんな仕事でこんなにたくさんお金もらえるなんてね〜。人生、何が起こるかわかったもんじゃないね」

「これでしばらく生活は安泰でござるな」

 あんまり嬉しいもんだから、ぽんぽん話が弾む。

「懐に余裕が出来たからさ、旅行でもしようか?」
「いいねェ。うまいモン目一杯食いに行こうぜ」
「上げ膳据え膳の宿屋で久しぶりにゆったりと体を休めるでござるかな」

 笑い合いながら村に戻った三人。
 彼らが連れ立って旅行に出掛けたのは一夜明けた次の朝のことだった。

了。

 
       
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