第13章−3
      
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 メール・シードが前を、ヴァシル・レドアが後ろを走り、二人は突然の雨に包まれた王都の夜道を、都立図書館へと急いでいた。

 はっとするほど冷たい雨に打たれるのを嫌がる素振りも見せずにメールは走り続けている。

 先を行く彼女の表情は見えないので分からなかったが、ようやくコートのために一生懸命になる気になったのだろうとヴァシルは解釈した。
 そしてそれでいいんだと一人で納得した。

 一方のメールには、銀色の細い雨を浴び始めた時から目で見てはっきりそうと分かるぐらいのあからさまな変化が生じてきていた。

 瞳が変わったのだ。
 切れ長であくまで鋭く、『闇』を封じ込めたかのように暗かった彼女の瞳。
 今は優しげにひらいた目元、ほのかに紫色が混じり込んだような豊かな黒を湛える瞳に明らかに変わっている。

 それは髪の長かった頃の彼女の瞳だった。

 今ヴァシルの前をコートのもとへと一心に駆けているのは、あの『映像記録再生装置』がスクリーンの上に映写して見せた、一年前のメールだった。

 ヴァシルにはそのことはわからない。
 彼には位置的に彼女の顔を見ることが出来ないからだ。
 しかしそんなことはこの際どうでもいいことだった。

 降りしきる雨の中を、メール・シードは走る。
 最後に一目、最愛の婚約者に会うために。

 最後…そう、最後のチャンスだった。
 これから先、もう二度と自分がコートに会うことはないだろう。
 それがメールの選んだ運命だった。

 後悔はしないと決めた。
 どんな事態に陥ろうと、どんな結果を招こうと、自分は−自分だけは、自分の決断を信じ抜くと誓った。

 でも。

 メールの瞳が気弱に揺れ。
 今にも泣き出しそうに潤む。

 どうしてこんなことになっちゃったんだろう?

 ずっと幸せに生きていけると思ってたのに。
 ずっと二人で生きていけると思ってたのに。
 本当に、どうして………。

 メールは激しく頭を振り、滲みかけた涙を無理に追い払った。

 後悔はしない。
 泣いたりもしない。

 …でも、…つらいよ。

 コート。
 君のそばにいたい。
 自然にそうすることの出来たあの頃に。

 今でも私は戻りたい。

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