番外編2−7

      

 

(7)

 …数秒後。

 ぼけーっと突っ立っているフレデリックの周囲にはガレキが山と積もり、ガレキの間には二階にいて崩壊の巻き添えを食った盗賊達の姿。
 その中には当然、盗賊の頭と緑色のローブの魔道士の姿もあり、二人とも情けなくもノビてしまっている。
 そして…その横には、グリフォンの子供の入った箱を両手で受け止め狂喜乱舞しているチャーリーの姿。
 さらにそのそばには、呑気にぐっすり寝入っているロープで縛られた子供を抱き止めた姿勢のまま、フレデリックに負けないくらいボケーッとしているヴァシルがいた。

「ヴァシル、やったやった、受け止めたよ!」

 大はしゃぎで子グリフォンの入った箱をヴァシルに見せるチャーリー。
 箱の中ではグリフォンが小さな翼をぱたぱた動かしながら、チャーリーを見上げて尻尾を振っていた。

「オ…オレも受け止めたぞ。なんかよく分からんが、すごいだろ」

 いささか混乱気味に子供を見せるが、チャーリーはもとよりそんなモノ見ちゃあいない。
 箱を下に置くと子グリフォンを抱き上げてすりすりと頬をすりつける。

「もう安心だからねッ、怖いオジさん達は退治されちゃったからね。お前はちゃんとパパとママの所へ返してあげるからね。…その前に」

 チャーリーは打って変わった冷静な目で前方を見やった。
 魔道士が気絶から醒めて起き上がったところだった。
 隣で頭領もゴソゴソ動き出した。

 魔道士は、自分の方を真冬の氷よりもなお冷たい視線で見つめているチャーリーに瞬時に気がついた。
 少し遅れて起き上がった頭領も同じく凍りついた。

「無力な子供をさらうだけにとどまらず、いたいけな子グリフォンを捕まえて来てコワイ目に遭わせ、あまつさえこの私をいいようにこき使おうとするなんて、敵ながらいー度胸してんじゃないの」

 一歩近づく。
 寝ている子供の縄を解いてやりながら、ヴァシルが、
「気持ちは分かるけどやり過ぎんなよ」
 とクギを刺す。

「分かってる分かってる…やり過ぎやしない…ってプリティヴィ・ザ・ヴァイム!」

 頭領と魔道士の間の地面がいきなり爆発した。
 吹っ飛ぶ盗賊達。

「わ、悪かった、我々が悪かった!」
「もう二度とこんなことはしないと誓うから許してくれッ!」

 懇願する頭と魔道士。
 他の奴らも一様に脅え切った眼差しでチャーリーを見ている。
 しかし、そんなものに同情する彼女ではない。

「今のはライドさんに迷惑かけた分…ちゃんと何の魔法を使うのか呪文を言ってあげるから、しっかり避けなさいよ」
「ひっ、ひええ〜ッ!」

「ヴァユ・ラ・ヴァイム! テジャス・ド・ヴァイム! アバス・ジ・ルーダ! テージ・エイド・ヴァイム!」

 息をつかせる暇も与えぬ魔法の連発。
 それぞれ風、火炎、水、雷の最低ランクの攻撃魔法である。
 死者が出ないように人間からマトを外してはいるが…。

 チャーリーがようやく気が済んだと感じる程度まで呪文を唱え終わったときには、頭領以下全員、立ち上がることはおろか顔を上げることすら出来ないぐらいにボロボロになってしまっていた…。

「…鬼だな、お前」

 チャーリーの横に立ってヴァシルが呟く。

「何とでも言いなさい。…おいコラ、ノビてる場合じゃないぞ! 孤児院から奪った分と、今までアンタらが貯め込んで来た分、現金と金目のモノはどこにしまってあんの?」

 頭領の襟首を引っつかんで問い質す。
 どっちが盗賊なのかもう分からない…。

「ホンモノの鬼だ…」

「ところで、あなたはどなたですか?」
 ヴァシルの方を向いて話しかけているフレデリック。

 そんなのどかな呟きはさておいて…チャーリーは頭領から聞き出した部屋へ行くと、ヴァシルとフレデリックにも手伝わせてありったけの金品を運び出した。
 孤児院に戻す分を差し引いても結構な金額になる。

「ヴァシル、これで鞘買えるんじゃない?」
「そーだな、そのくらいありそーだな…こりゃ思わぬ所で思わぬラッキーを拾ったもんだ」
「そいじゃ、コレを全部いただいて…と。ライドさんに戻す分はこれだけだったね、別の袋に入れとこう」

 負傷者をほっぽらかしにして仕分けなど始めるチャーリー。
 いよいよもってこちらが強盗である。

「…じゃっ、アンタ達もこれに懲りたら悪さなんて二度とすんじゃないわよ。町に帰ったらすぐここに看護士と役人を派遣してあげるから、しばらくそこでアタマ冷やしてなさい。だいじょーぶ、死にゃあしないから」

「オ…オニ…」

 魔道士の呟き。

「だってしゃーないじゃない、私回復系の魔法使えないんだもん、全然。悪事の報いと思って我慢しなさいね」
切り捨てるチャーリーであった。

 町に戻って、孤児院へ取り戻したお金と助け出した子供を届け、代わりに礼金を受け取り、ライドの感謝の言葉を背中に浴びながら表へ出て来たチャーリーとヴァシル…とフレデリック。
 にこにこと横を並んでついて来るフレデリックに、心底うんざりとした顔を向けることもなくなったチャーリーは、グリフォンの子供をぎゅうと抱き締めたまま、

「そりゃ、このコが助かったのはアイツのおかげだけど…それはあくまで結果オーライッて奴であって…アイツが機転を利かせたワケじゃ…」

 等とブツブツ言いながら歩いている。

「…なあ、お前、これからどうすんだ?」

 尋ねるヴァシルをちらりと見て、

「どーするって、そのお金をギルドからあの武器屋さんに送金する手筈を整えて、トーザのプレゼントを作ってもらいにアンタと一緒に行くんじゃないよ」

 …看護士を派遣するのを忘れている。

「そーじゃなくって…それじゃあ、その、横を上機嫌で歩いてる奴もずーっとくっつけて来るのか?」
「私に聞かないでよ! 出来ればそーしたくないんだから!」
「聞かないでよっつったって、くっつけて歩く気がないんだったらどーにかせにゃならんだろーが?!」

「あの〜、もしもし、ケンカはいけませんよ?」

「だッ、誰のせいで…」
「やめとけって…」

「───そー言やさ、今となっては別にどーでもいいし全然関係ないコトなんだけど、最初私がアンタ達に攻撃したとき、どうして反撃して来なかったの?」

「…だってお前…芝居が下手なんだよ」

「…ああそぅ…」

「まァ、それもあるけど、お前魔法で攻撃して来る時にいちいち呪文口に出して言ってたろ? あんなコトしたらオレはかわすに決まってるし…それに大体、マジだったら一気に仕掛けて来るハズだかんな。すぐに見当はついたよ」

「やっぱ芝居が下手だったのか…そうか…」
「ってお前、オレのフォロー聞いてたか…?」

「いいや、別に役者じゃないし。それよりさっさとこのコ届けに行こう」

「届けに行こうって、お前、吹っ飛ばした盗賊達はどーすんだよ? 病院と役所に連絡しないと…」
「えー。私知らないよ。ヴァシルがやっといてよ」
「何だよそれ…勝手なヤツだな…そんで、そいつを届けに行ってから…結局それはどうでもいいのか?」

 フレデリックを指さす。
 指されてもニコニコしている。

「どーでもいいワケないでしょ。いい? こんなモノはね…」
「こんなモノは?」

「振り切るッ!」

 言いざま、勢い良くスタートを切り、飛行魔法で四十五度の角度で上空へ舞い上がり−チャーリーはそのまま空の高みへ消えてしまった。

「あ! チャーリーさん、どこ行くんですか? 待って下さいよー」

 すかさず後を追って同じように雲の彼方へと消えるフレデリック。
 …あっけにとられて見送るヴァシル。

「…な、何なんだ一体…オレだけ一人取り残してどーしろって言うつもりなんだ…」

 心からの呟き。
 しばし立ち尽くしていたが。

「あ…この金、ギルドに持ってって送らないと…それから、役所と病院に…なんて説明すりゃいいんだ…?」

 思い出して歩きだす。
 歩きながら、ふっと思いついて手袋をめくって見てみると。

「あら? …治ってら」

 なんだかどうしようもなくなってきてしまった。
 昨晩チャーリーが一目見ただけで顔を背けたほどの傷がどうして一晩で治ってしまったというのか…それに、チャーリーは果たして本当にフレデリックを振り切れるのか、また本当にどうするつもりでいるのか…。
 結構収拾がついていないのだが、ヴァシルにこの事態をまとめられるほどの器があるワケがない。
 ワケがないけど、そろそろ終わらせねばならぬ。

 かくして!  孤児院院長ライド・ハルーアが持ちかけて来た一件の盗賊退治の依頼から始まったこの物語は、ここでひとまず幕ということになるワケである。

 他の話も、続きも、また別の機会にお話ししましょう。

了。

 
       
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