(4)
夜の洋館…というのはどことなしに気味の悪いものである。
その洋館がとっくの昔に廃屋になったものであればなおさら。
これで幽霊が棲んでいるという噂でもあれば、何がなんだかよくわからないがカンペキだったのだが、残念なことに(?)中にいるのはタダの盗賊である。
しかも、孤児院を襲ったり子供をさらったり、どうしようもない卑怯なことを立て続けにやっているような盗賊。
人質がいなければ洋館ごと吹っ飛ばすところであったが…。
チャーリーは洋館の前の茂みに身を隠して建物の様子をうかがった。
もし自分の姿が見つかれば、動揺した盗賊が子供に危害を加えてしまう可能性があるので、こうやって隠れているのだ。
…明かりの入った窓がいくつかある。
明かりはないけど人の気配のする部屋もある。
子供はどこに捕まってるんだろう…?
これが見知った仲間だったら魔法で気配を探れるのに、顔を見たことはおろか名前も知らない子供なんだからどうにもならない。
…仕方ない。
中に入って探すしかないか。
そう考えた次の瞬間、チャーリーの体は玄関のドアから中へ入ってすぐのホールの真ん中にあった。
移動魔法だ。
敵に気づかれると困るので、移動の際に発する閃光は制御してある。
見回してみる…ホールには誰の姿も、気配もない。
扉の正面には二階へと続く大きな階段。
階段を登った上にはいくつかのドアが見える。
一階にも、右に左に廊下があって、廊下の左右にもドアがあるようだった。
少しだけ迷った後、チャーリーは口の中で人命に影響を与えない程度の雷撃呪文を用意しながら階段を登り始めた。
四方に注意を払う。
もし誰かに姿を見られたりしたら、騒がれたり報告に行かれたりする前に気絶させなければならない。
階段を上り切って、左右にさっと視線を走らせる。
…さて、どのドアを開けるべきか。
チャーリーはおもむろに人差し指を伸ばした片手を挙げた。
そして、一番端のドアに指を向けると。
ど、れ、に、し、よ、う、か、な…。
「───あれか」
一つのドアの前に、つかつかつかッ、と歩み寄る。
適当なことこのうえない決定方法。
思考のかけらも見当たらない。
それから、ノブに手をかけ…一気にばっと、開け放つ。
「!!」
一斉にチャーリー一人に注がれる室内の人間達の視線。
下っ端風の男二人に、魔道士のような緑色のローブを着ている男が一人、どうやら盗賊の頭らしい、ワインのグラスを片手に持った偉そーな奴が一人、そして…ロープでぐるぐる巻きにされて床の上にぺたんと座り込んでる、泣き腫らして脅え切った目をした男の子が一人。
おおあたりッ!
チャーリーは素早く部屋の中に滑り込むと、後ろ手にドアを閉め、施錠の魔法をかけた。
これで後ろから新手に襲われる心配はなくなった。
「お、お前はッ…」
月並みなセリフを吐きつつ、グラスを取り落とす盗賊の頭。
下っ端二人が慌てふためいて部屋の隅に逃げる。
「あんた方がよおっくご存知のチャーリー・ファイン…私を相手に、よくも子供をさらうなんて卑怯な手段に出られたもんだね」
「うッ…動くな! 動くと、このガキの命は…」
咄嗟に子供を人質にとろうと動きかける頭領の目の前で、チャーリーは下っ端風の男二人に手の平を向け、用意していた雷撃魔法で吹っ飛ばした。
ぷすぷすと全身から煙をあげながら倒れた手下を見て、頭は震えあがった。
「その子にちょっとでも触ったらあんな風にするからね。…さッ、おいで、キミ。一緒に帰ろう」
「ちょっと待ってもらいましょうか」
立ち上がろうとした子供を冷たい声が押し止める。
チャーリーが視線を向ける…魔道士風の男が余裕たっぷりの表情で彼女の方を見ていた。
「…何よ。何を待たなきゃなんないワケ?」
腕組みして見返す。
「そうそう何でもうまくいくと思ったら大間違いですよ。あなたは子供を助けられません。それどころか、この館から出ることも出来ません」
「ほぉ。面白いこと言うね…私を足止めするっての?
どうやって」
「こうやってですよ」
言うや魔道士は背中側に置いてあった木箱のフタを取り払った。
中からひょっこりと顔を出したのは。
「くえッ?」
小首を傾げてチャーリーの方を見る、子どものグリフォン…。
「あーーーーーーーーッ!!」
思わず大声をあげてしまう。
魔道士はその反応を楽しんでいるかのような嫌らしい笑みを浮かべて。
「もしあなたが我々の命令に従わないようであれば、このグリフォンの子の命は保証しませんよ」
「あ、あ、あ……」
「あなたにはこれから先私達の手足となり働いてもらうことにします。わかりましたね」
「あ……」
開いた口が塞がらないので他に言葉が出て来ない。
…人質にされているのが人間の子供だったら、その子に多少の傷を負わせることも承知で魔法でアイツを吹っ飛ばしもしただろうが…人質にされているのが、グリフォン、しかも子供となると…。
手が、出せない。
誰が何と言おうと、絶対に、ぜっったいに、グリフォンの子供が敵の手にある以上、何にも出来ない、たとえ出来たとしてもしないッ。
───チャーリーはこの世界にいるどの生き物よりも、人間よりもグリフォンが好きなのだから。
しかも、こともあろうにかわいいさかりの子グリフォン…。
羽根もまだぱたぱたと頼りなく、瞳もくりくりと大きくて愛らしく…。
「わ、わかった」
チャーリーはかろうじてそれだけ言った。
他の人には何だかよくわからないだろうが、ともかく完敗、大完敗である。
「そんな…おねーちゃん、何しに来たの…?」
子供の声が胸を突き刺す。
情けないッ…が、仕方、ない…。
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