番外編2−1

      

 

掌編…その1

(1)

「あの…お食事中のところ、申し訳ありませんが…」

 不意に声をかけられて、顔を上げる。
 テーブルの横に、初老の男性が立っていた。
 片手に革の手提げカバンを持っているが、旅行者といった雰囲気ではない。

 チャーリーは口につけかけていたエールのグラスを下ろして、
「何か用ですか?」
 いたって普通の口調で応じる。

「あなたは、もしかすると、あの大魔道士…チャーリー・ファイン様ではありませんか?」

 真剣な表情。
 ただならぬ気迫に、チャーリーは黙ってうなずくことにした。
 旅先でこうやって声をかけてくるのは、ほとんどサイン目当てのミーハー野郎だから普通は否定して追い払うのだが…この男は遊び半分で声をかけてきているのではなさそうだ。
 ワケありなら…聞くだけは聞いてやらないと、失礼というものだろう。

「やはり…実は、あなたにお頼みしたいことがあるのです」

「一応聞きましょう。どうぞ、かけて下さい」

 チャーリーに言われ、男性は向かい側の椅子に腰を下ろした。
 カバンを大切そうに膝の上に乗せる。
 チャーリーはまだ三分の一ほど残っている料理の皿を脇へどけて話を聞く姿勢になった。

「申し遅れました…私の名はライド・ハルーア。この町にある孤児院の院長をしている者です」
「孤児院の院長さん…ですか」
「はい。私どもの孤児院は、町の人達の善意の協力を受けて親や身寄りのない子供達を養っております」
「善意と言うと、寄付ってヤツですね」
「そうです。運営のための資金はもちろん、食料や衣類、寝具、おもちゃや学用品まで、生活に必要な子供達のためのあらゆる物を町の人達の善意から手に入れているのです」
「…はあ」

 何と言えばいいのやら。
 まさかこの男、孤児院の為に何がしか寄付してほしいと言いに来たんじゃあるまいな…。
 そう思ったチャーリーの顔に警戒するような色が浮かんだのを見て、ライドは慌てたように言った。

「あ、勘違いなさらないで下さい。何も、寄付をお願いに来たワケではありませんから」
「じゃあ、一体何の用で」
「はい。…盗賊退治を、お願いしたいのです」
「盗賊…退治?」

「…先日、大事な孤児院の運営資金が、突然押し入って来た強盗どもに奪われてしまったのです。孤児院は町の外れにあるので他に助けを求めることも出来ず…幸いにも、子供達には何事もされなかったのですが…大事な資金を根こそぎ持ち去られて、どうすればいいのか…町の人達に甘えたりも出来ませんし…」

「気持ちは分かります。…要するに、そいつらから運営資金を取り戻してほしいワケですね。まあ、気持ちは分かるんですがね…」

 チャーリーの言葉を聞くと、ライドはカバンをテーブルの上に置いて、彼女の方に押し出した。

「取り返していただけたなら、報酬としてこれだけお渡しします」

 チャーリーは黙ってカバンを受け取り、中を確かめた。紙幣の束に…いくつか宝石も入っている。
 が。

「私への報酬としては、相場以下なんじゃないですかね」

 カバンをテーブルの上に戻す。

「はい…承知しておりますが、しかし、これが限界で…親類知人を回ってかき集めた分でして…」

「でも、盗賊退治を依頼するには十分な額ですよ。私じゃなくて、そこらの冒険者のパーティーにでも声をかけてみちゃどうですか?」

「はあ…」

「…どうしても私に頼まなけりゃならん理由でもあるんですか」

 煮え切らない態度のライドに、苛立ったように言う。
 仕事を依頼した際の成功報酬の金額は冒険者のレベルに比例する、というのは誰もが知っている常識だ。
 同じ仕事でも、駆け出しの冒険者になら安く依頼出来るし、ベテランの冒険者に頼めばそれなりに取られる。
 ましてやチャーリーは世界一の大魔道士…たかが盗賊退治でも、頼むとなったら莫大な金がかかる。
 それくらいは心得ていて当然のことなのに…。
 ライドは席を立とうとはしない。
 何かよっぽどの理由があるのだろうか…。

「その…そこらの冒険者に依頼したら、取り返してもらいたいと言った物を取られてしまったり、成功報酬を倍以上請求されたりしたと、悪い噂をしきりに耳にしますので…その点、世界的な有名人であられるチャーリー様なら安心かと…」
「…私がそういうセコイことをしないのは、成功報酬を十分な額貰ってるからだよ」
「………」

 ライドは下を向いてしまった。
 が、相変わらず座ったままだ。
 黙って、じっと下を見つめている。
 くたびれきった様子の彼の顔には、深い悲しみと絶望が影を落としていた。

 …マズイ。
 今ここで突き放すと、自殺するかもしれない…。

 相手にはねつけられた直後にこんな風にじっとり黙り込んでしまう手合いが一番厄介なのだ。
 思い詰めた瞳の光に、チャーリーは思わず動揺した。

 手を伸ばしてもう一度カバンを持って、中身を見る。

 …しゃーない、か。

「ライドさん、盗賊のアジトッてのは分かってるんですか?」
「えッ…そ、それでは」
「やりますよ。孤児院の子供達のためです」
「あ、ありがとうございます! 盗賊が寝ぐらにしているのは、町の東側の山裾にある廃屋です」

 ライドは深く頭を下げてから、明るい声で言った。
 その彼の目の前に、チャーリーはカバンを置く。

「取り戻したお金と交換に受け取ります。今日のところは持って帰って下さい」
「はい…それで、盗賊退治の方はいつやってもらえるんでしょうか?」
「今夜は人と会う約束があるので、明日になります。構いませんね?」
「はい、もちろん…それでは、私はこれで失礼させてもらいます。お時間を取らせてしまって、申し訳ありませんでした…」

 ライドは何度も頭を下げながら席を立った。
 チャーリーはよけていた皿を元の所に戻し、片手を挙げてライドを見送ってからエールを飲み干した。

 
       
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