(5)
翌朝。
朝になってもチャーリーもさらわれた子供も戻って来ないので心配になったライドは、この町で一番大きな宿屋へヴァシルを訪ねて行った。
昨夜酒場で別れ際にここへ泊まっていると聞いていたのだ。
フロントで部屋番号を聞いてからそこまで行って、ノックする。
「すいません、ヴァシルさん、朝早くに申し訳ありませんが…」
「申し訳ないと思うなら、来るなよぉ…」
ドアの向こうからは相当機嫌の悪そうなヴァシルの声。
「す、すいません…しかし、チャーリー様が昨夜から戻って来られないのです」
「あにぃ?!」
部屋の中でゴソゴソと布の擦れ合う音が聞こえて来る。
…やがて、鍵の外れる音がして内側からドアが開き、マントの代わりにシーツで体を覆ったヴァシルが顔を出した。
「チャーリーが戻って来ねぇって?」
「はい…何かあったのではないかと思うんですが…」
「そりゃ、何かあったんだろーよ…あ〜、気持ち悪りィ…」
どうやら、昨夜調子に乗って飲み過ぎてしまったらしい。
「そんな…ヴァシルさん、助けに行かれた方がよろしいのでは…」
「助けに? オレがか? …冗談じゃない、オレは二日酔いで頭が痛てェんだ。行けるワケねーだろ」
「しかし、ご友人なのでは…」
「わーってるって、アンタの言いたいコトは…でも、この気分の悪りぃのはどーにもなんねーだろ?
こんな状態で戦えるワケねーし…これが治ってもまだアイツが帰って来てなかったら、そんときは行ってやるから、今日は帰ってくれ」
「そ、そんな、あの…」
ライドの言葉を皆まで聞かず、ヴァシルはバタンとドアを閉めて鍵までかけてしまった。
…取り付く島もないとはまさにこのことだ。
ライドは少しの間ドアの前に立ち尽くしていたが…ハッと、チャーリーと一緒にいたもう一人の人間…フレデリックの存在を思い出し、彼の泊まっている宿屋へ急ぐべく速足で廊下を引き返して行くのだった。
☆
フレデリックはすぐに見つかった。
宿を入ってすぐ、ちょっとした喫茶室のようになっている場所のテーブル席で一人で朝食をとっていたところを見つけたのだ。
すぐに近づいて行って声をかける。
「やあ、おはようございます。どなたでしたっけ?」
「あ…昨夜お会いしました、ライド・ハルーアです」
「ほうほう、ライドさん。これは初めまして。私はフレデリックと申します」
「いや、あの、昨夜お会いしたのですが…」
「ところで何のご用でしょう?」
「あ…そ、それが、昨夜からずっとチャーリー様が戻って来られないのです」
「チャーリーさんというと、昨日のあのきれいな女の人ですね」
フレデリックの顔がぱっと明るくなった。
彼女のことだけはどうやらしっかりと覚えているようである。
「そ、そうです…盗賊のアジトで何かあったのではないかと思うんですが…」
「そう言えば、昨夜はどうしていなくなったんでしたっけ?」
「それは、私どもの孤児院の子供が盗賊にさらわれたので、助けに行くとおっしゃって…」
「どこに行ったんですか?」
「東の山裾の廃屋になった洋館です。フレデリックさん、どうかチャーリー様を助けに行っていただけませんか」
「チャーリーさんの為になることでしたら、何でも!
…ですけど、まだ朝ご飯を食べてないんです。ちょっと待って下さいね」
言うフレデリックの前には、カラになった皿が数枚と、食後のコーヒー…どう見ても今食べ終わったところだ。
「あの、もうお済みになったのでは…」
遠慮がちに言うライド。
フレデリックははたと目の前の皿に気がついて、
「ああ、そうみたいですね。これは失礼」
笑顔で言う。
…この分だと、本当にまだ食べてなくても、目の前に食べ終わった皿さえ並べておけば自分が食事を終えたものと信じて疑わないだろう、この男は…。
「───で、どこへ何をしに行けばいいんでしたっけ?」
…ライドは朝から何だか暗い気持ちになって来てしまった。
それでも必死に気分を盛り立てて再度説明しようとしたとき。
「おっさん、盗賊のアジトッてのはどこにあるんだ?」
突然後ろから声をかけられる。
驚いて振り向くと、マントに身を包んだヴァシルが立っていた。
「ヴァシルさん…」
「オレの代わりがそんな奴だと思うと不愉快だから行ってやるよ。二日酔いなんてレモン一個で治ったしな…───どうでもいいから、さっさと教えろって」
ライドとは視線を合わせないようにしながら言う。
ここが彼の複雑なところである。
複雑なところはどうにも複雑で説明がしにくいので、このときのヴァシルの心境は読者諸兄に推量してもらうことにして。
数分後。
ヴァシルはいないよりはきっとマシだろうという理由でフレデリックを連れて宿屋から出ると、一路山裾の洋館を目指すのだった。
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