(6)

「宝石の勇者───てコトは」
『いちいち確認するまでもないニャ』

 宝箱の中からぴょこんと飛び出して、黒ずくめの子供はコランドの前に立つ。

『吾輩が猫目石(キャッツ・アイ)の精霊。そしておマエがこの石を持つべき定められた勇者なのニャ』

 自分の胸あたりまでしか背丈のない子供に無遠慮に見上げられ、かなりエラそうな口調で断定的に言い渡されて、コランドは思わずムッとなる代わりに、半歩後ろに下がった。

 見かけはただの子供だが中身は宝石の精。
 ずいぶんと生意気そうではあるが、ここで無意味に反発して機嫌を損ねることはない。
 半歩身を引く間にそう結論し、そのように今後の方針を決めると同時にコランドはいつもの愛想笑いを口元に浮かべる。

 とりあえず下手に出て様子を見よう。
 仕草や口調は過剰なまでに高圧的だが、根本に悪意があるワケではなさそうだから。

「そないしますと、アンタさんがワイのことを守護したりとかしてくれはりますのん?」
『そーゆーコトになるのニャ。…それにしても』

 黒ずくめの子供は両手を腰に当てる、という妙に芝居がかったポーズをとって、ずいと詰め寄って来た。
 黄金色の瞳がまっすぐにコランドを見つめる。

『まぁったく、何が「紫色」なんニャ?』

「…へッ?」

 突然飛び出した単語の意味がわからず何の工夫もなく聞き返してしまう。
 宝石の精は深くタメ息をつくと大袈裟な動きで天井に向けた手のひらを肩の高さまで持ち上げて見せた。
 大いに失望した、という表現なのだろうが、身振りの一つ一つがやけにぎこちなくて失望されている実感が持てず、コランドは少し戸惑う。

『ダメ勇者、吾輩ガッカリだニャ。せっかくヒトがこんな洞窟の奥深くから呼びかけてやったのに、吾輩のメッセージを取り違えるなんて』

「…メッセージ?」

 小声で反復して、あッと思い当たった。

 バルデシオン城から宝石探しに出発する前々日の夜、見た夢。
 翌日ラルファグ・レキサスと二人になったとき、狼人間族に問われるままに語った夢の内容。

 ───新月の晩の森みたいに広がる黒───目も開けていられないような強さで黒を塗り潰す、紫。

 ガールディー・マクガイルの小屋にあった地図の『盗賊の洞窟』に、宝石のありかを示す印がついているのではないかと確かめたのは、紫色の光がキャッツ・アイのものではないかと閃いたから…?

 記憶を手繰り思考をなぞって、コランドは混乱する。
 自分がレセッシーのとある大金持ちの屋敷から盗み出してここに保管したのは、蜂蜜色の宝石だ。
 蜂蜜色の宝石が紫色の光を発するハズもなく、その色からこのキャッツ・アイを連想したのは明らかにおかしい。
 けれど、あの夢の中を満たしたのは間違いなく、目覚めてからもコランドをぐったりさせるようなどぎつい紫色で───その紫は『罠の洞窟』にしまい込んだ猫目石を考え違いでは有り得ないくらいにハッキリと思い起こさせて…?

 ぽかんと立ち尽くすコランドを見上げ、黒ずくめの子供は苛立たしげに首を振った。

『あのニャ、コレは結構大事なコトなのニャ。それぞれ短い時間だったとは言え、おマエは猫目石のついた指輪を何回もはめたコトがあるのニャから、あの夢を見た時点で吾輩のメッセージをハッキリ受け取れるようになってて当然だったんニャ。それが、抽象的な夢みたいなカタチでしか伝わっていなかった…それどころか、一番わかりやすい「色」を大幅に取り違えてたッてコトは、これはもう吾輩に言わせると完璧に異常事態なのニャ。絶対なんかの原因があるんに違いないのニャ』

 先刻までのどこかヒトを小馬鹿にしているようなモノの言い方とは打って変わって、深刻な語調で質す宝石の精。
 真剣なまなざしに押されるようにコランドはその『原因』となりそうなモノや出来事を思い出そうとしたが…思い出すも何も、あの夢の前に特別変わった目に遭った覚えは、ない。

『何一つ思いつかないのニャ?』
「…はあ…ワイがヘンやったと感じるようなコトは何にもなかったハズでっけど…」
『でもでも、吾輩のメッセージは歪んで伝わってしまってたのニャ』
「う〜ん……どないしたんですやろなァ」

 考え込みつつ、腕を組んで首を傾げる。
 他にリアクションのとりようがない。
 その姿勢のままじっと黙り込んでいると、何を思ったか宝石の精もコランドを真似て腕組みし、ぎこちなく首を捻った。
 どういう意図があっての行為かと見つめていたら、コランドの目の前で、子供の頭に猫の耳がぱさりと飛び出した。
 艶のある黒髪から生え出た黒猫の耳は綺麗な正三角形で、思わず観察するとホンモノの猫のそれのように微妙に動いている。

『…まっ、今考えててもわかりそーにないからまた後で考えるニャ。つまり、この原因究明はおマエへのシュクダイッてコトにしとくニャ』
「へ? 宿題?」
『そ。シュクダイなのニャ』

 大真面目に言い放った宝石の精に、今度は黒猫の尻尾が生えた。
 小柄な体格には釣り合わないくらいに長い尻尾で、常にかるく曲げていないと床に引きずってしまいそうである。

「…あの、徐々にネコに戻って来とるんとちゃいますか?」

 言わない方が良いのかも知れないと一瞬思わないワケではなかったがツッコまずにはいられなくて、恐る恐る指摘してみる。

『むむ…実体化したばっかりだからまだ長くカタチを保てないのニャ』
「ようわかりませんけど、せやったらムリせん方がええんやないかと」
『別にムリしてるワケじゃないニャ』

 拗ねたように言うほっぺたからぴんぴんとヒゲが伸びる。
 絶対にココで笑ってはいけないのだろうなと頭ではわかっていたのだが、到底こらえ切れず思い切り吹き出してしまうコランド。

『なんで吾輩を笑うニャ! まったくもってしっつれいな奴だニャ!』
「いやいやいや、もうホンマすんまへん。笑うつもりはこれっぽっちもなかったんでっけど、いやもう何と言えばええんか」
『ああ、もう、こんなダメ勇者の前でネコの姿になるのは屈辱ニャ〜』

 笑いを抑えるために自分の頬をつねっているコランドの前で宝石の精が頭を抱え込む。

「そんな、さっきのはちょっと無意識に吹き出してしもただけですやん、そんなコト言わんと」
『ネコになったが最後、吾輩の威厳が損なわれてしまうニャ〜』

「えっと…そのお子の姿のどこに威厳があったんでっか? ヤケに生意気そうなガキやな言うのはよう伝わって来とりましたけど」

『………』
「………」

『………………』

「───はッ!? ついこの流れの中でおそらく絶対に声にしてはいけなかっただろう考えが口をついて…ッ?!」

『おマエの吾輩に対する第一印象がよぉ〜っくわかったのニャ…』

「ちょ、ちょい待ち、ちゃうんですって、さっきの一言は反射的っちゅうか深層心理っちゅうかワイの意識の管轄外で口が勝手にツッコミを入れてしもうただけで…って何ですのんその鋭いツメは?! ええー!? ちょ、あの、ワイを守護してくれはる言うたばっかりですやん…?!」

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