(4)

 四方を書棚に囲まれた部屋に詰め込まれた人間八人。
 部屋の広さを調節することは出来ても椅子やテーブルを取り出したりは出来ないようで、仕方なしに立ち話である。

 『窓』代わりの黒い本を棚に戻したギルドマスター、オーサレル・リードアートに、コランドは自分達がこの洞窟にやって来た目的と邪竜人間族の皇子であるアシェス・リチカートと行動を共にしている理由とを要領良くまとめて手短に、しかし省略したり隠したりはせず、すっかり話して聞かせた。

「へええ、センパイが持ち込んだあの猫目石、そんなすごいモンだったんッスかぁ」

 コランドの説明にオーサレルは黒眼鏡のせいでわかりづらいながらも素直に驚きと感心とが半々に混じった表情を見せ、

「それじゃー、一刻も早く持って帰らないといけないッスね」

 うんうんとうなずきながら呟く。

「そうなんや、それでやな、皆の安全をこうして確保出来たところで、ワイだけで最下層へ入ってモノを取って来よう思うんやけどな」
「そうッスね、センパイ一人の方が身軽に動けるでしょうし、そういうコトなら」

 オーサレルはコランド達にくるりと背を向けると、本棚の上の方の段から薄い本を一冊引き抜いた。

「最下層の途中にあるトラップはショートカットしちゃっていいッスよ。センパイの腕なら改めて試す必要もないッスから」

 笑顔で向き直り、取り出した本をコランドに差し出す。

「…ええんか? 自分のお宝でも持ち出すときには最下層の罠を一通り潜り抜けやなあかん言うんがここのきまりやろ?」
「そッスけど、何もこんなときにまでいちいち持ち出すほど拘束力のある掟ってワケでもないッスから。それに」

 軽い口調で滑らかに喋り続けていたオーサレルがふと黙り込む。
 口を閉ざしたまま、何かを探るように部屋の中をぐるりと見渡して、何に納得したのか小さくうなずく。

「今はもうどっかに行っちまいましたけど、少し前までこの洞窟のそばにガールディー・マクガイルがいたんスよ」

 オーサレルが唐突に口に出したその名前に、それぞれ程度の差はあるもののコランド達は驚愕して息を呑んだ。

「センパイ達に対して何かするって雰囲気じゃなかったんでとりたてて警告しなかったんスけど、アレはどうにもイヤな感じだったッスから…センパイ達が今後どういう予定で動くつもりかはわかんないスけど、ここの最下層を突破する時間を入れて段取りしてたんなら、そのぶんここで休憩して行った方がいいんじゃないッスか? 決して快適な場所じゃないッスけど、もう夜も遅い頃ッスからねえ」

「…せやな、フェデリニでもゆっくり出来んかったし、ここらでちょいと休んどいた方がええやろな。オーシィの言う通りや」

 しきりに首を縦に振り声に出して同意しながらも、誰が見てもギルドマスターの提案に従うつもりはなさそうだとわかる否定的な顔をしたまま、コランドはうつむき加減に腕を組んで考え込む姿勢。

「ガールディー・マクガイルはもういないんだな?」

 カディス・カーディナルが確認する。
 オーサレルは無言でうなずいた後、

「ボクが確かめられる範囲には、ッスけどね」

 微妙に目線を逸らしながら平たい声で付け足した。
 その範囲とは具体的にどのくらいなのか確かめる必要を感じなかったワケではないのだろうが、カディスはその返答だけを聞いて口を閉じた。
 そんな二人のやりとりによって気まずい空気が流れる、寸前。

「オーシィ、ワイらをここから一瞬で洞窟の外まで送り届けるコトも出来るんか?」

 コランドが組んだ腕をほどいて問う。

「もちろん、出来るッス」

「そんなら、みんなはここでしばらく休んどったらええわ。その間に」

 オーサレルが差し出したままでいた本を、コランドは片手で受け取った。

「ワイはさっさとやるコトすませてくるさかい」

 薄い本を掴んだ瞬間、視界がブレた。
 移動魔法がもたらす浮遊感ではない、不快なまでの落下感。
 目の前の光景がたちまち闇に塗り潰されて───。

 一秒の何分の一か後には、コランドは一人、『制御室』ではない小部屋の中にいた。

「早ッ! てか直接目的地かいッ!」

 そばに誰もいないのに無意識に声をあげてツッコんでしまいつつ、素早く自分が置かれた新しい状況を確認する。
 全体的な印象は先刻まで散々走り回っていた洞窟の通路と大差ない。
 真四角に区切られた空間、中央にひと抱えほどの大きさの宝箱が置かれている他は何もない。
 出入り口の扉は金属でがっしりと補強された木製のもので、コランドのすぐ背中側にある。
 外側から幾重にも施錠されているハズだが、直接内側に送り込まれたコランドにはそれらはまるで意味を成さぬものであり、たとえ扉の向こう側に放り出されていたとしてもやはりコランドには何の意味もないものであった。
 何故なら彼はその扉を開けるためのいくつもの鍵を全て持っているのだから。

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